食と農を考える 20261020
県人会で知り合ったフードジャーナリストの金丸弘美さんの紹介もありましたが、作中に登場する鴫谷幸彦さん(新潟県で就農)とも交流があったからです。
上演後は柴田昌平監督と金丸さんの対談もあり、一層テーマの重さがのしかかってきました。
柴田さんの人柄と思索の深さにも感動しました。
毎日口にする「ごはん」。
それを支えてくれる日本の農の現場はどうなっているのか。
将来を担う49歳以下の若き農家の方々は全人口の0.1%。
この5年間で農家は4分の1に減ったそうです。
100年前の百姓文化が如何に素晴らしく、アメリカは日本の永続する農業に驚嘆したという事実も初めて知りました。
寮生にもまずは寮食を大事にしてほしい。
その先にいる農家さんの生活への想像力も持ってほしいと思いました。
日本を守るたのもしい存在に 20260924
市ヶ谷地区内の庁舎や、極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷となった大講堂などを移設・復元した市ヶ谷記念館、大本営地下壕跡を見せてもらいました。
広島や長崎の原爆資料館とはまた別のメッセージを感じたたところです。
国という視点から国民の生活を守る。国を守る。
そんな崇高な使命感を感じつつ、かたや戦争で亡くなった市井の人々の存在。
「恥ずかしながら帰って参りました」と言った横井庄一さん。
任務を全うして帰ってこられた小野田寛郎さん。
割腹自殺を遂げた三島由紀夫の演説。
戦争責任はないという今の指導者。
「我々全員が過去を引き受けねばなりません」と言った西ドイツのもと大統領。
なにか、胸の苦しくなる(考えさせられる)見学でした。
「主よ。人間がこんなに悲しいのに空がこんなにも蒼いのです」(遠藤周作『沈黙』を踏まえて。)
この見学ツアーは一般にも公開されています。
ぜひ一度見に行くことを勧めます。
滝行にて身を清める 20260811
夏の滝行は気持ちがいいのではと高をくくっていましたが、山奥の水は予想以上に冷たく、頭からかぶる一定量の水は重く圧迫感がありました。
朝と夕の二回、一回につき3度滝に打たれます。
一度目は身を清め、二度目は心を清め、三度目は神仏へ祈る。
夜は宿坊で座禅を組み呼吸を整え、内にこもる悪い「気」を全て外に出しよい「気」をうちに取り込む。
いいデトックスになりました!
心身の鍛錬にぜひ一度経験してもいいのでは。
琵琶とアオダイショウ 20260614
東京の梅雨は佐賀のそれよりもいくぶん湿度が低いような気もします。
まだ梅雨の走りでそこまでジメジメ感はないのかもしれません。
ところで舎監室の中庭には大きな琵琶の木があります。
実はほとんどなりませんでしたが、鳥が食べ残したのがいくつか残っていたのでもいで食べてみました。
この木はきっと渋谷から小金井に越してきた昭和40年代に植えられたのでしょう。
とすると45年くらいでしょうか。
で、そのお味はというと…。
それはそれは予想よりも酸っぱいもので、意識が冴えました。
加えて、その日は琵琶の木の根元にアオダイショウがいました。
お互い見合うこと数秒。
その後、アオダイショウは茂みに入りましたが、遠くには行きませんでした。
蛇は神の使いとも言われています。
琵琶もアオダイショウも学舎をずっと守ってくれているのだろうと感じました。
若獅子寮視察 20260428
寮はベルーナドームのすぐ脇にあり、第2球場とも隣接しているし、寮内にトレーニング施設やロッカールームが充実していました。
さすがプロの社会人の寮ですから学生寮とは施設のレベルが違う、といった感じです。
食事と起床にたいへん気を遣っておられました。
栄養と休養が大事なのは人間としての基本ですね。
寮食をほとんど食べない舎生はやはり生活を乱しがちになりますからね。
厳しく支援していきたいと思いました。
デスカフェ 20260426
課題図書は『くまとやまねこ』。
大好きな”ことり”を亡くした”くま”がバイオリン弾きの”やまねこ”と出会うことをとおして再生するものがたり。
『夏の庭』の湯本香樹実の作だったので興味深く感じました。
1ページ1ページ丁寧に気付きを出し合いながら読みを深め広げる手法はなかなか面白かったです。
自分だけでは至らない気づきや発見がありました。
それにしてもキーパーソンの”やまねこ”が表紙に描かれなかったのはなぜでしょう。
舎生に問いかけてみたいと思います。
東京の冬 20260208
祝賀会後もゆっくりと降り続き、夜の街は森閑としていました。
一晩明けると積雪。
一年前の退舎式の日も雪で京都からの参加者が来れなかったとか。
東日本はこの時期冷え込むのでしょうね。
佐賀から出てきて、東京の冬は晴れの日が多くて乾燥しているなあという印象でしたが、一気にこんなに雪が積もるのかという新たな感慨も。
1年生の舎生はテニスコートの雪で雪だるまを作ったとか。
今日は選挙。
投票所となっている隣の前原小学校へ行きます。
穏やかな新年の幕開けです 20260101
雲一つない青空。気温も15度前後の穏やかな元日です。
多くのご家庭には「しめ飾り」もさることながら、かなりのお宅が「門松」をしつらえてあり、これが東京の主流なのかと感じました。
また、鐘と太鼓の音に誘われてみるとそこには「獅子舞」が!
都会とは言え、これも東京の粋な文化と感動しました。
小金井神社の境内の裏手には弓道場があり、初稽古をなさっていました。弦音は邪気を払う神聖な響きです。
舎生のほとんどは帰省中です。
ふるさとで英気を養ってくれていることでしょう。
在寮の数名もタフな年末年始を乗り越えています。
令和8年。今年もよろしくお願いします。
星降る夜の調べ 20251212
音楽を専門とする自衛官の皆様が奏でる素晴らしい音楽にあっという間の2時間でした。
昼夜問わず日本の空を守ってくださっている使命感をその音の調べに想像すると何か荘厳な気持ちになります。
どうか日本が、世界が平和でありますように。
来たれ新入舎生! 20251208
その受験機会に松濤学舎へお立ち寄りになる受験生と保護者さんもいらっしゃって、ありがたく思っています。
舎生たちもいよいよ次の後輩が入ってくるのだという現実を徐々に感じ始めているようです。
立場が人を作るとは言いますが、おかれた場所にふさわしくふるまうことでそういう資質が身につくもの。
先輩・後輩、受験生・大学生、主将、リーダー…。
「置かれた場所で咲きなさい」は修道女渡辺和子さんの本の名前でもあります。
この言葉は「その場所で我慢しなさい」ではないんですよね。
目の前のマスト(しなければならないこと)に全力を尽くすことで幸せになれるということだと思います。
写真は武蔵野国の国府があった府中市の大国魂神社。
受験生のみなさん頑張ってください!
屋上から 20251204
ニュースでは降雪の話題もしきり。
ソーラーパネルの点検で屋上に上がって見ると……。
なんと雪を抱いた富士山が大きく!
松濤学舎からもこんなにきれいに見えるのかと感激しました。
そういえば、小金井市体育館の2階には歌川広重の描いた『小金井橋夕照』の石板があります。
そこにも富士がくっきり描かれています。
当時の人も小金井から富士を見ながら生活していたのだと思うとなんだか感慨深いものがあります。
自分で考え自分で判断できる人間になりなさい 20251124
月に一度、浴恩館で下村湖人の『この人を見よ』の読書会に参加しています。
この本は田澤義鋪の伝記。
初めは「青年団の父」くらいの認識しかありませんでしたが、この本を読んで田澤の人となりに魅力を感じました。
まっすぐで実直な人。
「自分で考え自分で判断できる人間になりなさい」。
今預かっている松濤学舎の学生さんたちにも伝えたいことです。
ちなみに浴恩館は田澤が開設した青年講習所。
ここで湖人さんは次郎物語を執筆したそうです。
11月24日は田澤義鋪の命日。
多摩霊園に墓参。
今年は鹿島では生誕140年の式典が大々的に開催されました。
語り継がなければなかったことになってしまう。
佐賀県人の一人として田澤のことをもっと知ろうと思います。
世界平和を思う 20251115
陸・海・空の自衛隊音楽隊によるマーチングを主体にした舞台です。
もちろんプロの音楽家ではないでしょうが、その技術はもちろんですが「さすが自衛隊!」とうならされるような集団美に目を見張るものがありました。
外はあたたかな小春日和。
会場が日本武道館でしたので帰りに靖国神社を散策。
イチョウがとてもきれいでした。
政治はさておき、地球市民の一人として世界の平和を願わずにはいられません。
地方はドライ、都会はウェット? 20251018
ひとつは、全国学生寮協議会(他県の学生寮との会)、もうひとつは小金井市の防火管理研究会の研修です。
前者は山梨県の石和温泉の旅館に行ってワークショップや意見交換を行いました。(「石和」が読めませんでした。(泣)「いさわ」です!)
そこではあらためて「県人寮」のあり方について深く考えることができました。
後者は練馬の自衛隊駐屯地への視察でした。
特に防災の視点から能登半島地震や八丈島への災害派遣についての話を聞き、実際の救助活動に使う車両やバイク、風呂や炊事道具を見せていただいたり触らせていただいたりしました。
そこでもいろいろな質問が飛び交い、熱心な視察を行いました。
両者に言えるなあと感じたのは「熱さ」でした。
7月に上京してきたばかりですが、むしろ地元の方がドライな人間関係だったかも。
地域の活動や仕事上の団体にしても、構成員は割とクールな関係、距離を保っていたような気がします。
しかし、今回経験した2つの団体は人と人の距離が近い!
まるで朝の銀座線並みです。(笑)
都会に来て学ぶことが多い日々です。
佐賀周遊の記 20251001-1003
もちろん3日間ではすべての高校を訪ねることはできませんでした。
ご対応いただいた校長先生をはじめ、副校長・教頭・進路主任・3年主任の先生方ありがとうございました。
また、残念ながらお会いできず、資料のみのお預けとなった学校においては大変失礼いたしました。
忙中閑あり、ではありませんが、移動の途中、田澤義鋪先生の碑に出会いました。
石碑に描かれた田澤先生のお顔はとても柔和な面持ちで、官僚や政治家としてよりも青年教育家・政治教育家としての生涯を貫かれた先生の意思が伝わってくるような気がしました。
私も学生を相手にする立場として田澤先生の考えをもう少し深く学ばねばと思ったところです。がんばるぞー。
関心のある分野への参加を 20250928
私はもはや国語教師ではないのですが、先日、池上彰氏が新聞紙上で「関心のあるシンポジウムや講演会に参加しましょう」と書かれていたのが心に残って。
この記事は大学生に向けた文章でしたが、知的好奇心を失わなければいつまでも青春なのです。
先日は小金井市の戦争遺跡を巡るツアーに参加しようと思っていたらあっという間に定員になったらしく締め切られていました。
「躊躇なく」という言葉が昨今よくつかわれますが、こうした時でもそうですね。
ためらいなく進みたいものです。
還暦の再開の夜に 20250927
その教え子たちも40代半ば。
今や社会の中核、家庭でも子育てが佳境に入ってきている年代です。
ほとんどが卒業以来の再会でしたが、高校時代と全く変わらず、往時があっという間に蘇ってきました。
「ちょっと大人目な映像を制作しています」というT君の話は特に初めて聞くことばかりで新鮮でした。
就職氷河期の彼ら彼女らは相当な苦難を乗り越えてきたようでした。
そしてほとんどが次のキャリアを進み、新たな展開を経験していました。
そのたくましさに感動するとともに、高校時代には進学させることばかりに躍起になっていた申し訳なさを感じ、いたく恥じたところです。
松濤学舎の学生たちにも、単に目先の就職だけでなく、生き抜くための土産を持たせてやりたい、そう思えた夜でした。
きょうの収穫は芋 20250906
今日はまた立派な芋を掘り当てました。
武蔵野の土は明らかに佐賀の土とは違っています。
濃い。
そんな感じです。
100年に一度の逸材 20250902
とても明るい前向きな方でした。
もっとプロレスを見ておくべきだった…。
9月2日という日 20250902
日本が降伏文書に調印。
これは1945年の今日、9月2日のことです。
この重要な役割を当時の外相重光葵が担いました。
相手は連合国軍総司令官マッカーサー。
東京湾に停泊中の米戦艦ミズーリ上で9時4分に署名。
この日の夜、マッカーサーから占領の基本方針が示されました。
日本をアメリカの軍政下に置き、英語を公用語とするなどが伝えられたといいます。
これを聞いて皆さんはどう思いますか?
その時、重光は必死の説得を試み、なんとか間接統治の要請として受け入れられたそうです。
運命的、きわめて緊迫した状況がそこにはあったわけです。
9月2日、公文書的には、無条件降伏を受け入れたこの日の意味はとても大きいと思います。
しかも重光の努力に思いをはせると、この日の重みを感じざるを得ません。
降伏文書に調印したこの日を玉音放送のあった8月15日とともに胸に刻みたいものです。
ちなみに船上には2つの星条旗を掲げられていたそうです。
当時の48州の星条旗とペリーが浦賀に来た時に掲げていた31州の星条旗。
みなさんはそこにどういう意味があると思いますか?
降伏文書は英語。原本は港区にある外務省外交史料館に保存されています。
外交史料館|外務省
丁寧に生きる -盛り塩に思う- 20250826
悪い運気を取り除く効果があるとされており、一軒家やマンションなどの家の種類にかかわらず行われます。
特に商売においては時々店舗の入り口に置いてあるのを見たことがあります。
日本橋にある佐賀銀行東京支店にお邪魔したら、なんとその入り口に盛り塩が!
このご時世に珍しいなと思うとともに、丁寧な仕事ぶりを感じました。
たんに効率を求めるのではない、そこには心を添えているのですというメッセージを受け止めました。
受付には佐賀の美術家である大久保孝夫氏の画が飾られていました。
都会の真ん中で、何か優しい温かさを感じたできごとです。
ファーストペンギン 20250825
いずれも女子寮化を検討する他県の学生寮関係の皆様です。
今回は主に県庁の職員さんや設計関係の方がお見えになり、結構専門的な質問を受けました。
本舎の女子共住化は平成28年から検討され、令和2年に決定。
100周年事業の目玉として取り組まれています。
「全国に先駆け」というと大げさかもしれませんが、全国の学生寮としてはファーストペンギンのグループであることは間違いないでしょう。
「日本は佐賀を見ていた。佐賀は世界を見ていた」とは明治維新150年のキャッチコピー。
舎生もこうしたチャレンジングなことに向かうDNAがきっと流れていることでしょう。
この人を見よ 20250823
課題図書は下村湖人著『この人を見よ』です。
参加者は5名の小さな会でした。
この本は、下村湖人が田澤義鋪(ともに佐賀県出身)の生涯を描いた伝記です。
浴恩館は田澤が設置・開設し、親友である下村が館長として管理していた時代がある由緒ある建物です。
小金井に佐賀県ゆかりの施設が、しかも文化財的に価値のある建物があることに驚きました。
そして二人の交友の深さと田澤の業績に圧倒されます。
まだまだ知らないことばかりで、これから少しずつ勉強を重ねていきたいと思います。
【下村湖人】
1884年(明治17年)10月3日 - 1955年(昭和30年)4月20日)。日本の小説家、および社会教育家。本名は
【田澤義鋪】
1885年(明治18年)7月20日 - 1944年(昭和19年)11月24日)は、大正期及び昭和初期の社会教育家、政治家、思想家。佐賀県鹿島市出身。青年教育と政治教育そして選挙粛正に一生を捧げた。とりわけ青年団運動及び青年教育に尽力した活動が知られており、「青年団の父」と称されている。(ウィキペディアより)
ゲルニカ 20250820
群馬県立近代美術館で”ゲルニカ”を観ました。
”ゲルニカ”はピカソの作品で、戦争の不条理や悲しみ、混乱、死の恐怖を白日の元に晒した大作です。
私の高等学校勤務時代にも、当時の生徒さんに、ピカソの”青の時代”を踏まえて”ゲルニカ”の制作に至る話をしたことが何度かあります。
ピカソは若い頃、青を基調とした画をよく描いています。いわゆる「青青の時代」ですね。
乞食や娼婦、長血を患う女など、いわば社会の底辺に苦しむ人々に徹底して寄り添った画を薄いブルーを基調として描いているのです。
そうした青年時代の性向こそが晩年の大作”ゲルニカ”につながるのだと。
「一度本物を観たい」という思いがありました。
私が観たのは、ほぼ原寸大のタペストリーです。
とはいえ、このタペストリーは、ピカソから正式に依頼を受けたジャクリーヌ・ド・ラ・ボーム=デュルバックが制作した世界に3点しかないうちの1点。
やはり本物です。本物には迫力がある。本物からしか受け取れないインパクトがあります。
まだ浅い受容にすぎないかもしれませんが、私は圧倒的な作品を前に沈黙するしかなありませんでした。
その日の群馬の予想気温は39度。
しかし、外に出てもしばらくは暑さを感じないほどでした。
”たざわ・よしはる”をよー知ってはる? 20250815
佐賀県鹿島市にある田澤記念館。
お盆期間中は閉館とも知らず、厚かましく出かけ、しかも永池守(ながいけ・まもる)館長直々にご解説いただきました。
田澤義鋪(たざわ・よしはる)。日本青年団の父とも呼ばれた郷土の偉人です。
「錦を着て故郷に帰ることを願う前に、まず故郷を錦とすることを願え」という考えにもとづき、青年教育、政治教育に生涯をかけました。
松濤学舎のある小金井市に浴恩館という文化財センターがありますが、これは義鋪が青年団講習所として開設したものです。
青年たちと寝食を共にし、青年教育にあたった姿は、今、舎監として勤めている県ゆかりの学生寮経営に関わるところが大きいような気がしています。
何か具体的なアイデアがあるわけではありませんが、これから少し自分なりに田澤義鋪氏のことを深掘りしてみたいと思います。
田澤義鋪の御霊は多磨霊園に祀られいます。
松濤学舎には入れるなら東京に! 20250811
本学舎は県人寮で男女共住化のトップランナーです。
私が7月に着任してからもすでに何件か、視察・見学がありました。
保護者の方からの都会での安心安全を求める声を強く感じます。
ジェンダーギャップは頭では分かっていても現実問題、ハード面でまだ課題があるのかもしれません。
松濤学舎は男女ともに、最高の学生生活が送れるよう、最大のバックアップをしていきます。
生きる力とは 20250810
珍しく新幹線で佐賀へ帰省していたら、西日本を襲う線状降水帯による大雨で新幹線が岡山で止まってしまいました。
人生初体験に、とりあえず下車したものの、どうしていいかわからず、しばし茫然。
乗客は大騒ぎすることもなく、途方に暮れたといった感じ。
外国人も、小さな子どもたちも、しずかに状況を理解し受け入れようとしていました。
私は何とか広島までたどり着いたものの、その先へは進めず、なんとか広島のカプセルホテルに滑り込めました。
広島駅はカオス状態。
駅で一夜を明かされた方も多かったようです。
翌日は早朝から切符売り場に並び、昼前の博多行に乗れたものの、それ以降の在来線は不通。
博多駅は広島駅以上にごった返していました。
私は地下鉄で天神に移動し、高速バスで佐賀へ。
東京を立って1日半。
生きる力を試された帰省でした。
もし東京でこんなことがあったらどうしたらいいのか、寮生をどう守るのか、、。
被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。
おはずかしい 20250809
当日は知人から「見たよ(ニヤニヤ)」的なメッセージをいただき、うれしはずかし。
あらためて皆様どうぞよろしくお願いします。
ノーモア・ヒロシマ 20250806
学生時代、広島で過ごした者としてやはり特別な思いのある日です。
私が大切にしているのは、ドイツのヴァイツゼッカー大統領の演說文です。
(太字は引用文です)
罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。
全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。
心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。
また助け合えるのであります。
問題は過去を克服することではありません。
さようなことができるわけはありません。
後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。
しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。
非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。
私たちが過去につ いてどのような責任を負い、それにどう立ち向かうか。
老幼を問わず考え続けなければならないという誓いを新たにしたいと思います。
戦後80年の夏 20250804
首相談話を発表するとかしないとか。
政治の話はさておき、戦争を直接は知らない世代の私たちも、過去の延長線上に生きる以上、その責任を負わなければならないと思います。
さて、写真は高校時代の担任の先生。
バジー海峡で亡くなった戦没者の慰霊。
今年も読経の旅路につかれていると知り、自分も頑張らねばと思ったしだい。
6.23、8.6、8.9、そして8.15。
暑い夏、鎮魂の夏はこれからです。
高校生の演劇に感動 20250803
これは佐賀県と東京都港区の連携プロジェクトの一環で、佐賀県立佐賀東高等学校と東海大学附属高輪台高等学校の協働による『君が海と唄う日』というタイトルの作品でした。
高輪築堤を基盤にした歴史と現実、佐賀と東京が錯綜する圧巻のドラマ。
脚本・演出もすばらしかったし、高校生の熱演がこれまた美しい!
長いセリフを思いを込めて表現する姿に、ストーリー以上の称賛を送りたい気持ちになりました。
高校生素晴らしい!
さてさて、東京と佐賀。
高校生の熱量に培い、つながりを大事にはぐくみたいものです。
夏は仕込みの季節・人との繋がりも大事だよね! 20250801
大学生にも還元できるのではないかと参加したしだいです。
講演では、東京大学の松尾豊氏からAI活用、西大和学園中高の辻孝宗氏から文章の読み方など、とても示唆深い話を聞き、深堀りしたくなりました。
また、文科省に出向していた時の上司が講演をされ、挨拶もできたのでそれが一番の達成感でした。
人はやはり人とつながっていることに充足を感じるんだよなと思ったところです。
地域とつながる 20250729
今日は遅まきながら、隣の前原小学校や小金井市警察署、小金井市消防局にご挨拶に伺いました。
特に前原小学校は隣どうしでもあり、何か連携ができればなあと考えています。
私がかつて勤務した佐賀県の高校でも、近隣の小学校の夏休みの学習や運動会のお手伝いに高校生が出向くことがありました。
まさにボランティアではありますが、その都度、高校生たちの顔は輝いていました。
大学生としてなにかもっと素敵なことができればなあ。
写真は前原小学校から見た学舎の風景。
屋上の洗濯物が気になったのは気のせいか…。
”草の根運動”とはよく言ったもの! 20250727
草の根運動は名もない普通の一人一人の力を結集し、そのつながりによって強い力となるものです。
さて、今日は午前中、テニスコートの草取りをしました。
午前中でどこまでいけるかと意気揚々と乗り込みましたが、約2時間でバテバテ。
炎天下の作業は危険と思い、再起を期すことにしました。
それにしても雑草たちの根の張り方がすばらしい。
大地をしっかりとつかみ、他の株とつながりあって面をなして意気軒昂に繁るさまにへこたれました。
これこそリアル草の根運動!
これは手ごわい。
さてさて、今日の発見は”すいか”!
”前々寮母さんが育てていたことがある”とは聞いていましたが、まさかここに!
しかも十数年も前のことなのに!
切ってみたら、残念ながらスイカの体(てい)はなしていませんでした(赤い果肉がない!)。
でも毎年ほぼ野生でこっそり種をつないでいたのかと思うと、さすが武蔵野の地は土地が肥えていると感じたところです。
ここで育つ舎生もたくましく育ってくれることでしょう。
ハグロトンボの訪れ 20250725
4月以降、佐賀の実家やわが家、そして新居である松濤学舎で庭掃除にかかわる時間がたくさんありました。
そしてそのたびに必ず訪れてくれたハグロトンボ。
ハグロトンボは昔から縁起が良いと言われています。
「ご先祖様の化身」とか「神様の使い」として大切にされてきました。
東京では絶滅危惧種にも指定されているとか。
きっと私たちの新しい生活がうまくいくように見守ってくれているのでしょう。
ありがたいことです。
そしてどうかうちの寮生もしずかに見守ってくれますように。
写真は以下のサイトから
https://orbis-pictus.jp/img/slide/hagurotonbo-slide-2.jpg
雨どいの草 20250720
舎生も有権者の責任を果たしてくれていることでしょう。
幸い、投票所はすぐ隣の前原小学校。
それでも「暑くてすぐ帰ってきました」と3年生O君。
写真は舎監室から見える「雨どいの草」。
雨どいに詰まった土やごみに草の種が落ち発芽、成長したものです。
雨どいのつまりや排水不良の原因にもなります。
でもなぜか応援したくなりませんか?
生命力のたくましさを感じます。
どんな所でも、与えられたところで咲きなさい、そう言って応援してくれているような気がするのです。
梅雨が明けました。空が青いですね。
学生たちは試験大詰め。連休はどこ吹く風。
でもそれが終われば夏休み。もう一息。みんな頑張れ。
関東も梅雨が明けました! 20250719
3連休を利用して舎監室前の庭の草取りをしました。
代々の舎監さんはこの庭を見ながら何を考えていたのでしょう。
歴史ある庭にしばし感慨。
それにしてもいい天気です。
はじめまして! 新舎監です! 20250701
7月1日付けで舎監として着任しました下村昌弘です。
松濤学舎は佐賀県にゆかりのある前途有為な学生が寝食を共にする、100余年の歴史をもつ学生寮です。私の友人・知人や教え子たちの中にもこの学舎で学生時代を過ごした者もおり、彼らは一様に優秀で松濤学舎出身であることに矜持を持っていたように思います。
歴史と品格のある学舎の運営に携わることができ、身の引き締まる思いです。舎生の皆さんの困り感に寄り添いながら充実した学生生活をサポートしていきたいと思います。
郷里の偉人、副島種臣は書家でもありますが、彼のことばに「一番初めの棒をできるだけゆっくり書く」というのがあります。松濤学舎での生活のスタートにあたりこの言葉を枕に、しっかりと考えながら心を込めて仕事を始めたいと思います。どうぞよろしくお願いします。